大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)170号 決定 1986年7月14日
抗告人(債権者)
昭和アルミニウム株式会社
右代表者代表取締役
石井親
右代理人弁護士
今中利昭
村林隆一
吉村洋
谷口達吉
釜田佳孝
浦田和栄
松本司
村上和史
債務者・破産者森工機株式会社破産管財人
辻武司
第三債務者
東大阪造園石材事業協同組合
右代表者代表理事
川端安治
主文
一 原決定を取消す。
二 本件を大阪地方裁判所へ差戻す。
理由
第一抗告の趣旨と理由
別紙記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するためには、民法三二二条、三〇四条一項に基づき先取特権者自らが債務者の第三債務者に対する売買代金をその払渡前に差押えることを要するところ、その差押には民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」を執行裁判所に提出しなければならない。
この「担保権の存在を証する文書」(以下、「担保権証明文書」ともいう)とは、同法一八一条一項一号ないし三号、同法一八二条との対比、それらの立法の経緯、先取特権の実効性の維持、債務者の保護などの諸点を考慮すると、必ずしも公文書であることを要せず、私文書をもつて足るし、一通の文書によらず複数の文書によることも許されるが、それによつて債務者に対する担保権の存在が高度の蓋然性をもつて証明する文書であることを必要とする。観点をかえてみると、そこには文書をもつて担保権の存在を証明することを要する一種の証拠制限が存在するといえる。
したがつて、右の担保権証明文書は、動産売買の先取特権に即していえば、債務者が直接関与して作成した当該商品の売買契約書等のいわゆる処分証書がこれに該ることはいうまでもないが、前示民事執行法一九三条一項は厳格な法定証拠を定めたものではないから、債務者が関与作成した債権者債務者間の商品売買の基本契約書があり、それに基づく当該商品の移転と債務者又はその代理人が作成した転売先たる第三債務者への転売、納品を示す文書、債権者から転売先又はその指定先へ直送した当該商品の運送業者保管にかかる商品受領書(転売先又はその指定先の押印あるもの)など複数の文書を総合して、担保権の存在が高度の蓋然性をもつて肯認される場合には、これらの文書を同条所定の担保権証明文書といつて差支えないと考える。
しかしながら、担保権証明文書を定めた前示法意に照らすと、債務者及びその代理人以外の債権者、第三債務者らが事後的に作成した上申書ないし陳述書などのみをもつてこれに充てることは前示証拠制限を回避するものとして許されない。
二本件事件記録及び当審に追加提出された<証拠>を総合すると次の事実を認めることができ、これを覆すに足る証拠がない。
(一) 昭和五四年一二月一日抗告人と破産前の債務者会社森工機株式会社(以下、債務者会社という)との間に抗告人の販売する什器、エクステリア商品の売買に関し基本契約書を締結した(甲第三号証)。
(二) 昭和六〇年三月一日頃債務者会社は第三債務者からの受注で(甲第五号証)、同月二〇日抗告人から本件アルミ温室を代金二九万七〇〇〇円で買受け(甲第一号証)、同月二三日本件ガラスを同じく代金九万三〇〇〇円で買受けた(甲第一号証)。
なお、右売上伝票(甲第一号証)には需要家コード下欄に「ニコージュウセツ殿」又は「ニコー殿」との記載があり、右商品は第三債務者ないし債務者指定のニコー住設に配達納品された(甲第七号証)。
(三) 同年四月一七日債務者会社は第三債務者に対し右温室、ガラスを売渡した(甲第五号証、及び第三債務者代表者作成の証明書―記録二〇丁)。
なお、右甲第五号証は債務者会社東大阪営業所長前川利雄作成の証明書であることが認められるから、債務者作成文書に準じて民事執行法一九三条一項所定の担保権を証する文書に該ると考える。けだし、債務者またはその代理人が作成した文書は、それが取引後に事後的に作成された文書でも、同法一九〇条後段が動産の占有者(動産売買の先取特権の場合には債務者(買主)たる動産の占有者)の差押承諾文書の提出を担保権実行による動産競売の要件としていること、同法一九三条一項所定の前示証拠を文書に限定する証拠制限の趣旨などに照らし、その制限回避文書ではなく、同条項所定の「担保権の存在を証する文書」と認めるのを相当とするからである。そして、前示甲第五号証の作成者である債務者会社の大阪営業所長前川利雄は一件記録に照らし債務者会社の代理人である商法三八条または四三条所定の支配人ないし番頭、手代に当ると推認でき、同号証は債務者会社の代理人が作成した文書として前示のとおり民事執行法一九三条一項所定の担保権の存在を証する文書に該当するものというべきである。
以上の事実を考え併せると、抗告人が提出した売買基本契約書(甲第三号証)、売上伝票(甲第一号証)、証明書(甲第五号証)、証明書(記録二〇丁)、配達原票(甲第七号証)を総合して、本件商品が抗告人と債務者会社、同会社と第三債務者に順次売買された事実及びこの各売買に基づき抗告人は民法三二二条、三〇四条一項に照らし別紙差押債権目録記載の売買代金債権につき本件商品の動産売買による先取特権に基づく物上代位権を有することが認められるのであつて、これを換言すれば、抗告人提出の前示各文書はこれを総合して民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」に該るものというべきである。
第三結論
以上のとおりであるから、抗告人の動産売買たる本件商品売買の先取特権に基づく物上代位により債務者会社の破産管財人である債務者が第三債務者に対して有する前示売買代金債権の差押を求める本件債権差押命令の申立は理由があり、これを認容すべきものである。
なお、先取特権者は、債務者が破産宣告を受けた場合であつても、目的債権を自ら差し押えて物上代位権を行使することができる(最判昭和五九・二・二民集三八巻三号四三一頁参照)。
よつて、本件債権差押命令申立を却下した原決定を取消し、執行裁判所たる原裁判所に右債権差押命令を発付させるため本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)
〔抗告の趣旨〕
大阪地方裁判所第一四民事部が昭和六一年三月二九日にした債権差押命令申立を却下する旨の決定を取消す。
との裁判を求める。
〔抗告理由書〕
一、抗告人は昭和六一年三月二八日債権差押命令の申立をなし、大阪地方裁判所昭和六一年(ナ)第五八九号として受理された。
二、大阪地方裁判所第一四民事部は、昭和六一年三月二九日に前記申立は、民事執行法一九三条一項の「担保権の存在を証する文書」の提出がないとの事由で不適法として却下決定をした。
三、(1) しかしながら、法は、担保権の実行としてなす債権差押については、担保権の存在を証する文書が提出されたときに限り開始されるものとしている(民執法一九三条)が、その提出すべき文書の種別・内容については、何らの限定もしていない。
(2) 通常の不動産を目的とする担保権の実行の場合は、その存在の証明に「確定判決、家事審判又はこれらと同一の効力を有するものの謄本」或いは「担保権の登記されている登記簿の謄本」の提出が要求されている。(民執法一八一条一項一号ないし三号)。
これは、一般に不動産取引については登記の制度があり又不動産の取引当事者は慎重を期して公正証書を作成することが少なくないというのが取引界の実情であることに鑑み、担保権証明文書を法定することが手続の簡便と信頼の確保に役立つ反面、これを要求することが、債権者に難きを強い、その権利の実現を不安たらしめることにはならないと思われることによるものと解される。
(3) 従つて、同じく不動産を目的とする担保権であつても、一般の先取特権については、その権利の性質に鑑み「その存在を証する文書」とするに止まつているものというべく債権を目的とする担保権の実行の場合においてもかかる場合登記のような公示制度がなく、又常に公正証書を作成する等権利確保の煩雑な手続を要求することは、実際取引界の実情に照らして、到底困難という他なく、債権者に難きを強いるものであつて、ひいてはこの種担保権の活用を事実上認めないことにもなりかねない。
(4) それ故民事執行法一九三条にいう「担保権の存在を証する文書」については、同法一八一条一項一号ないし三号のような限定をしていないものと考えられるのであつて、ただその担保権の存在し疎明ではなく証明を要し、且つその設定は、債権者側の一方的資料に容易に依拠することのないようにという意味で慎重になさるべきであるが、具体的に必要な提出資料を決定する際には、以下の諸点を考慮に入れねばならない。
① 我国における商取引の慣行として通常の取引は注文者による電話注文と受注者による商品発送、それに伴なう受注者の売上伝票の作成と納品書・請求書の作成・発送等という形で処理されていることが極めて多く、注文者の注文書と受注者の請書や注文者・受注者間の売買契約書の作成がなされていることはむしろ少ないという現実的状況が存在すること。
特に継続的に取引を続けている当事者間においてや、少額の取引においてはなおさらそうである。
② 動産売買の先取特権が問題となる事例においては、債務者が事実上倒産状態にあるなどして、債権者・債務者間の取引を証明する文書の確保が困難であるし、又事後的に債務者側の関係者より作成してもらうことも極めて困難なことが多いこと。そうでなくとも、債務者ではあつても他の債権者や第三債務者との関係で複雑な利害関係を有することから事後的に上記のような証明文書の作成に協力してくれる債務者側の関係者が少ないこと。
(5) 以上のような点からすれば、「担保権の存在を証する文書」を選定するにあたつては、債権者側の一方的資料に容易に依拠してはならないとしても、債権者・債務者第三債務者の相互の具体的な状況下において、債権者が提出しうる最大限の資料であつて、且つ担保権の存在を推認させる蓋然性の高い文書であれば足りるのであつて、必ずしも常に厳格な意味における債務者側の証明文書を要求されるものではないと考える。
(6) ところで、原審裁判所に債権者が「担保権を証する文書」として提出した文書は以下の通りである。
① 債権者債務者間の継続的売買の存在を証明する取引基本契約書(甲第三号証)
② 上記取引基本契約に基づき売買された本件で問題となつている物品(以下「本件商品」という)に関する債権者作成の売上伝票(甲第一号証)。
なお、債権者・債務者間の取引は、上記①の取引基本契約に基づいて債務者の電話での注文と債権者の商品発送と請求書発送、売上伝票という形で処理されていた(ただ、請求書控については、昭和六〇年一〇月に債権者の営業部署移転の際廃棄済みらしく現在迄見つかつていない)。
又、本件商品は取引基本契約書第二条の什器・エクステリア商品である。
③ 本件売買につき、債務者の担当者であつた前川利雄作成の本件売買を証明する文書(甲第五号証)
債務者は既に昭和六〇年五月一日に破産宣告を受けており、債務者側で存する書類は一切破産管財人の保管下にあるし、債務者の従業員等は行先不明の者がほとんどであり、唯一の本件売買の担当者で連絡可能なのが、本件売買の直接の窓口となつた債務者の東大阪営業所の所長であつた前記前川氏である。ただ前川氏は、他の債権者との関係からして、本件売買についての事実は認めつつも、その証明文書作成の協力については極めて消極的であつたのであるが、債権者の担当者が何回も足を運んで協力要請した結果前川氏が作成した証明文書が甲第五号証の証明書なのである。全文前川氏の自筆である。
④ 本件売買の商品が債務者から第三債務者へ転売された事実を証明する第三債務者作成の証明書(甲第二号証)。債権者製造販売に係る本件商品が債務者を経て第三債務者に転売された事実が明らかである。
⑤ 本件売買全般の事情、経緯を明らかにした債権者の担当者作成の報告書(甲第四号証)。
(7) 以上債権者・債務者間のこれまでの売買の状況と本件売買の状況、債務者が破産宣告を受けている現状等を考慮すると上記文書の提出が債権者の提出しうる最大限のものであり、且つ、債権者製造の商品が債務者に売却された事実は、甲第三号証の債権者・債務者間の取引基本契約書と甲第一号証の債権者作成の売上伝票と、甲第五号証の債務者の証明文書甲第四号証の報告書で明らかであるし、債務者が第三債務者に本件商品を転売した事実は、甲第二号証の第三債務者の証明文書で明らかであることから上記文書の提出によつて債権者の被担保債権、担保権、物上代位権の各存在は十分これを認めることができる。
(8) よつて、原命令が上記文書のみでは担保権の存在を証明するに不十分であることを理由として、差押命令を却下したことは違法であることから、本抗告に及んだ次第である。
(9) なお、名古屋高裁昭和六〇年五月二四日決定及び金融法務事情一一〇七号六頁以下及び自由と正義一九八六年一月号五二頁以下の今中論文参照。
差押債権目録<省略>